2010-07チャムカールチュー流域・氷河湖調査報告
メンバー
日本側:小森次郎(名大/JICA/DGM)
ブータン側:Kharka Singh Ghallay, Phuntsho Tshering, Sonam Lhamo (DGM)
調査日程
7/9 ティンプー→ブムタン
7/10 ブムタン→ナンシフェ→ペツォゴンマ(3050 m)
7/11 チャムカール川の水位上昇のため移動できずペツォゴンマにて停滞
7/12 ペツォゴンマ→ムルティ(3350 m)
7/13 ムルティ→ラブジャモイタン(3950 m)
7/14 ラブジャモイタン→ツォタン(4530 m)
7/15 チュブダツォ氷河湖調査(湖水深調査), ツォタン泊
7/16 ペマツォ氷河湖偵察, ツォタン泊
7/17 チュブダツォ氷河湖調査(周辺踏査), ツォタン泊
7/18 西側源流域へ移動開始. ツォタン→ツァンパ(3720 m)
7/19 ツァンパ→ウルツェン(4315 m)
7/20 フデゥンツォ氷河湖調査(湖水深調査), バムルパ(4515 m)泊
7/21 ブルツァム氷河および氷河上湖調査, バムルパ泊
7/22 バムルパ→ツァンパ(3710 m)
7/23 ツァンパ→プラクテン(3065 m)
7/24 プラクテン→サプチタン(2800 m)
7/25 サプチタン, ブムタン→ティンプー
調査報告
1. 調査の背景
Chamkhar Chhu源流域にはPho ChhuやMangde Chhu流域と同様に多数の氷河と氷河湖が分布する.それらの氷河湖の中には既存のインベントリー(2001年DGM/ICIMOD,2001年発行の報告書)にGLOF発生の危険性が大きいとされているものが3つ含まれる.一方,氷河域の下流約40kmからは川沿いに集落が点在し,その距離は他の流域よりも短い.しかし,特定の湖を除くと詳しい調査はいまだに行われておらず,早急に現地調査を行う必要がある.そこで,雨季でありなおかつ2週間と限られた期間ではあったが,同源流域の調査を実施した.
2. 結果
チャムカール川は源流域で東西の二つの流域に分けられる.現地調査は前半に東流域のMera Chhu,後半に西流域のChamkhar Chhuで行った.
2.1. チャムカール川源流東流域(Mera Chhu)
東流域では7月15〜17日に調査を実施した.15,17日にはこの流域で最大の氷河湖であり,なおかつ既存インベントリー(DGM/ICIMODO, 2001)において決壊の危険性がある氷河湖として記載されているChubda Tshoの調査を実施した.16日は特に天気が悪く全行程の中盤でもあったことから,隊全体としては停滞日とし,調査はPama Tshoへの偵察だけとした.
2.1.1. チュブダツォ (Chubda Tsho, PDGL23, 7月15, 17日調査)
・湖周辺の地形の経年変化について
2002年の調査と比較して,堤体部周辺には大きな変化は見られなかった.ただし,Chubda Tshoの湖水域の下流端(以下「湖尻」とする)は入り江や小さな島が分布し,複雑な地形を呈しているが,それらのうち一部には地形の変化が見られた.湖尻周辺には岩屑に覆われた氷河氷が確認できた.これは2002年と2005年のDGMによる調査報告書(Komori et al., 2004, BGRほか)にも同様の状況が示されている.湖尻周辺の地形変化はこれらの氷河氷の融解に伴うものである.一方,堤体の下流側外面の形状は2002年と比較して変化は見られなかった.したがって,堤体をなすモレーン自体は現在は安定していると考えられる.
上流側は北側と東側の二つの谷が合流しているが,そのうち東側からの谷では湖岸に氷河が氷崖として直接接しており,湖岸地形は頻繁に変化している.また,氷壁に接する両岸の斜面は急な崖錐構成されており,湖盆調査中には小規模な崩壊が頻繁に発生しているのが確認された.一般にこういった崖錐の下には氷河氷が残されている可能性があるが,現地では露出がなく確認できなかった.北側からの谷や湖尻側へ続く側壁沿いの湖岸線には明確な経年変化は確認できなかった.
・湖底地形について
湖はその湖底地形から下流部,中流部,上流部の3つに分けられる.それぞれの水深は下流部:長さ1.2km,水深数m〜20m程度,中流部:長さ1.5km,水深20〜40m,上流部:長さ0.6km,水深20〜70m程度.中流部と上流部は水深15m程の浅い部分で仕切られている.調査中は氷崖からの氷河崩壊の危険性があったことから上流部については細かい航行ができなかった.したがって,未調査の部分が大きいくそこには70m以上の水深が存在する可能性が考えられる.
写真 左岸からChubda Tshoを見る.(クリックすると拡大)
下流部の湖岸線は複雑に入り組む.写真中央右奥に北側から合流する谷が写る.上流側湖盆や湖水に接する氷崖は見えていない.
図 魚群探知機による測深結果.(クリックすると拡大)
図左端がアウトレット.各側線から幅100mを外挿している.
図 湖盆地形と周辺地形.(クリックすると拡大)
南方向伏角30度から俯瞰.図左下が下流.Google Earthによる衛星画像とDEM画像に測深結果を添付した
2.1.2. ペマツォ (Pama Tsho, 7月16日調査)
Pama Tshoの調査は調査時間が短く天候が悪かったこと,更にブータン側スタッフの心理的問題(特に神聖な湖でありボート使用による調査は避けたい,とのこと)から,左岸側からの偵察だけとなった.周辺には湖への崩壊・突入の危険性を示す岩盤や氷河は認められなかった.また,堤体部分は上下流方向に厚く,地形も植生を伴い安定していた.アウトレット周辺には岩屑の新たな流出を示すような堆積物は見られなかった.
写真 左岸から見たPama Tsho.(クリックすると拡大)
湖水は澄んでおり氷河からの流れ込みが遠いことを示している.
2.2. チャムカール川源流西流域 (Chamkhar Chhu)
2.2.1. フデゥンツォ (Phudung Tsho, PDGL21, 7月20日調査)
チャムカール川流域には上述のChubda Tsho以外に西源流域に二つ,既存の氷河湖インベントリー(DGM/ICIMOD,2001)において決壊危険性があると評価された湖がある.今回,時間の関係から,より決壊の可能性が大きいと考えられるPhudung Tshoにおいて湖周辺の概略踏査,および湖水深の測定を実施した.
・周辺の地形
堤体をなす地形は主に基盤岩から形成されており安定している.堤体側を除いた湖の周辺は左岸中流部と上流端(南端)を除くと比較的緩やかな地形が連続している.左岸中流部は高さ200〜300m,傾斜約30〜35度の斜面となっており崖錐が湖水に連続している.また,上流端は高さ100m,傾斜約30度の岩盤が露出している.いずれも大規模で新しい崩壊の痕跡は認められない.氷河氷は上流端において湖に最も近接しているが,湖水には接していない.
・湖底地形について
調査時は風が強く波もあったため細かく側線を設定することができなかったが,次の特徴が明らかになった.
湖は下〜中流部と上流部の2つの湖盆に分けられる.下側の湖盆は長さ1km,幅0.4kmで側線上で得られた最大水深深は80mであった.この部分はアウトレットから上流へ700m付近には水深20m程の敷居状の地形があることも考えられる.また,アウトレットから300mは水深20m以下と浅い.一方,上流部の湖盆は長さ440m,幅300〜400mで,最大水深20m程度,10m以下の浅い水深がほとんどを占める.
写真 左岸下流部(北側)から見たPhudung Tsho全景.(クリックすると拡大)
左奥がアウトレット.K.S.Ghalley撮影.
図 魚群探知機による測深結果.(クリックすると拡大)
図右下端(北側)がアウトレット.各側線から幅100mを外挿した.
図 湖盆地形と湖周辺地形.(クリックすると拡大)
南東方向伏角30度から俯瞰.図左側が下流.Google Earthによる衛星画像とDEM画像に測深結果を添付した
2.2.2. フブルツァン氷河と氷河湖(Burtsham Glacier, ICIMODによる氷河ID: Cham_gr 25, Cham_gl 242-281, Cham_gl 283-284, 7月21日調査)
ブルツァン氷河はチャムカール川の西側源流の谷頭に位置する長さ約9kmのブータン国内では大型の氷河である.下流側は岩屑被覆型の氷河となっており,氷河上湖(Supra-glacial lake)が散在する.調査日が一日しか確保できなかったことから,現地ではそれら氷河湖群のうち,最大の湖(ICIMOD ID: Cham_gl 242)について,周囲の概略踏査をおこなった.
その結果,堤体部分は上下流方向に厚く,湖周辺に崩壊の危険性を示す氷崖や岩盤斜面が無いことからGLOF発生の切迫した危険性は低いと考えられた.また,Mangde Chhuザナム周辺やChubda Tshoでの湖水深調査の結果から,ここで見られる氷河上湖の水深は深くない(最大でも20m程度)と予想される.
写真 ブルツァン氷河の最下流に位置する氷河上湖.(クリックすると拡大)
長さ数十〜数百mの湖が連続する.Ghalley氏撮影.
3. その他特記事項
3.1. 新人職員のトレーニングとスタッフ全体のスキルアップ
Ms. Sonam Lhamo氏は今年度から新設された氷河担当部門(Glacial Division)に加わった若手職員で,本調査実施前には氷河に関する知識は全く無かった.そのため,調査直前には今回の調査の主な目的の一つとして,Sonam氏に対する専門的指導と安全対策があることをPhuntsho氏,Ghalley氏,およびSonam氏と確認した.その結果として行程中は常にSonam氏を中心とした調査計画の再確認から,調査の実施・取得データの確認を行うことができた.これにより,今回の調査はSonam氏にとって十分な現地トレーニングになったと考えられる.それと同時に,Sonam氏を指導する,ならびに移動中も含めできるだけ全員で議論する,わからないことは専門家側に質問するというスタンスをPhuntsho,Ghalley両氏がとったことから,彼ら自身にも通常の調査以上に知識や調査時のあるべき姿勢(例えばデータの迅速な記録等)の再確認ができ,全体のトレーニングとしても効果的であったと考えられる.
写真 翌日の湖盆計測を立案するDGMスタッフ(クリックすると拡大)
3.2. Chamkhar Chhu沿いの河道閉塞
本調査の氷河域へのアプローチは,全般を通してChamkhar川に沿ったトレッキングであった.その間,特にツァンパより下のV字谷において複数箇所で河道が閉塞され,それより上流側では細長い天然ダムが形成され水位の上昇によって旧河畔の立木が水没しているのが確認された.いずれの河道閉塞も新鮮な岩屑で構成されており,またそれへ続く上方の崩壊源も新鮮な地形であることから,ごく最近形成されたものと考えられる.また,馬方の話によればその全てが2009年のサイクロン・アイラによる豪雨,もしくはそれ以降に発生したとのことであり,現場の状況と矛盾しない.これら天然ダムは大きなものでも長さ100m程度,堪水量は数万立方m程度でありそれぞれの堪水量は大きくないが,それらが連続していること,および下流の集落まで10km程度しかないことを考慮すると,急激な決壊があった場合は下流に被害が出る可能性は否めない.今後改めて現地調査,および洪水解析等の実施が必要であろう.
プンツォ,ソナム両氏による天然ダムの簡易測量(クリックすると拡大)
トレッキングルート上から確認できた河道閉塞箇所(クリックすると拡大)