2010-09マンデチュー上流域調査報告

メンバー
日本側:西村浩一(名大)・内藤望(広島工大)・澤柿教伸(北大)・山口悟(防災研)・小池徹・大橋憲悟・出村英紀・佐藤匡史・竹中修平(地球システム科学)・小森次郎(名大/JICA/DGM)
ブータン側:Kharka Singh Ghallay, Phuntsho Tshering, Tshering Penjore (DGM)

調査日程
9月5日 ティンプー発
9月6〜18日 ダムジ〜ツォジョ 移動
9月19〜22日 ツォジョ氷河調査,およびタンザへ移動.DGMルナナ滞在班と打ち合わせ
9月23日〜25日 ダンゲイ〜ツォリム周辺にて氷河測量
9月26日 ザナムへ移動
9月27〜29日 AWSデータ回収.氷河湖調査(西村.30日までザナム物理探査)
9月30〜10月5日 メタツォタ湖へ移動 途中,ジチュダモ氷河測量,氷河湖調査
10月6〜7日 メタツォタ湖調査
10月8〜11日 メタツォタ〜セフ〜ティンプー帰着
10月13日 調査概要報告会実施


調査行程と標高(クリックすると拡大)

緑:主にプロセス班の行程.赤:物理探査班の行程.

調査報告

実施した調査

  • 自動気象測器(AWS.2009年設置)のデータ回収並びにメンテナンス
  • C型氷河のGPS測量,経年変化比較用の写真撮影,および写真測量用の画像撮影
  • 氷河湖の湖盆測量
  • 衛星画像解析のためのGCP測量
  • チェックシートにもとづく氷河湖決壊の危険度判定
  • Tshojo氷河2009年異常出水域の踏査
  • Tshojo氷河における物理探査・発生機構調査
  • 氷河・永久凍土に関する地形調査および温度計設置
  • Zanam氷河湖における物理探査
  • Methatshota氷河湖における物理探査

    概要

    気象観測
    昨年の調査でZanam Fのモレーンに設置した自動気象観測装置(以下,AWSとする.各装置名は本項文末参照)のデータ回収および動作確認を行った.他の地域で行われている同様のAWS観測では現地住民に装置を壊される等の問題があることから心配していたが,装置の固定用の張り綱を盗難されただけで,他には問題はなかった.固定については,もともと張り綱は補助的なものであり,三脚基部は岩にボルト固定しているため,次年度調査までの1年間は現状のままとする.


    データの読み込みをする山口・小森(クリックすると拡大)

    奥はZanam F湖

    以下に主な観測項目の結果を示す.
    AWS設置位置
    Mangde Chu Shasha Chu支流Zanam F湖堤体.標高5320m.
    N 27°58' 15.25",E90°20' 7.89"

    測定期間
    2009年9月29日13:00〜2010年9月27日.データは今後DGM紀要"Bhutan Geology"に公表する予定.


    気象データ(クリックすると拡大)

    気温(図一番上)
    ・年平均気温 -3.5℃
    ルナナテンチ観測点(4230m,2005, 07, 08年): +2.5〜+3.4.気温減律5.4℃/km
    ・年最高最低気温
    最高:16.2℃ 6月28日午前9時50分から10分間の平均
    最低:-21.1℃ 1月26日午前2時から10分間の平均

    地温(図上から二番目)
    ・年平均気温 +0.7℃
    10月17日から3月末までは日変化で氷点下を記録している.特にから12月末から3月中旬は日変化が20℃程度大きい.それに対して,地温の日最低気温が氷点下以上となる4月から10月上旬の日変化は7〜15度程度と小さい.

    積雪(図下から二番目)
    機器は赤外線を使って測器・地面間の距離を求めその値から測定している.データの一部に抜けがあるが,年間を通じてデータが求められた.10pを超す積雪は年間で8回,もしくは9回観測された.特に10月8日11時に39.5p(2009年現地調査の実施中),3月30日22時に43.4pを記録した. 10月6日朝から15日と3月26日夕方から4月2日昼までは地温の日変化が小さいことから,その間は積雪が存在していたと考えられる.データの抜けについては,下山後に製造元へ問い合わせたところ,対象となる地面を反射率が良い状態に改善すべきという助言を受けた.本来なら今回,データをすぐに確認してこのような問題とその解決を現地で済ませるべきであった.

    降水量(図一番下)
    ・年間降水量846.5mm
    10月17日から3月4日の間は降水量が全くない.一方,6月中旬から9月末までは連続的に降水が記録されており,この期間がいわゆるモンスーンに相当すると考えられる.積雪データと比較すると,5月末までは降水が雪として記録されているとみられる.

    AWS組み込み測器一覧

  • 温湿度センサー HMP45D-5CS(下記シェルターに組み込み)
  • 自然通風シェルター 41003Y
  • 飛行機型風向風速計(山岳用) 05103-45Y-5CS
  • アルベドメーター PCR3-HL-5CS (取付アーム付)
  • 放射収支計 LP-NET07-L5CS 上下方向各1.
  • 雨量計 TK05-5CS
  • 完全防水型Pt100温度センサー TPT100S-5CS
  • レベルセンサー(積雪深) LA1000-L10CS
  • バックアップ電源ユニット BA1230XT(低温仕様)
  • デジタル気圧センサー PTB210 (50〜1100hpa)
  • プログラマブル・データロガー CR1000-4M-XT
  • CFモジュ−ル CFM100
  • 専用CFカ−ド 256M〜(CFM100に組み込み)
  • サージユニット SAA4
  • リチウム電池ボックス LB1230
  • 太陽電池パネル30W SX30U-HL-5CS
  • C型氷河の測量

    GPS測量
    ・年間降水量846.5mm
    Tsho Lim氷河湖の南の氷河(本研究による通称SPY氷河,N 27°59' 24.49", E 90°17' 21.45"),およびTsho Lim氷河湖アウトレットの西3.4kmの西向き斜面の小型の氷河(通称N氷河,N 28° 0'25.11", E 90°14'56.91")の輪郭をGPSによって測量した.Phuntsho氏は氷河上の本格的な調査が初めてであったため,山口が氷河上の移動方法を指導し,常に同行し輪郭上の調査を行った.測量成果については今後順次報告していく.

    経年変化比較用の写真撮影
    1983年の月原敏博氏,1999年の内藤,2009年の小森の写真と比較するため,以下の氷河・氷河湖についてリピートフォトグラフィーを行った.測量成果については順次報告していく.

  • ガンラカルチュン峠西側の氷河・氷河湖(ガスの中で見づらいが)
  • 同峠東側の氷河・氷河湖
  • タリナ氷河湖群(2氷河湖)
  • ルナナ氷河湖群(ベチュン,ラフストレン,トルトミの3つ)
  • ツォリム氷河湖南の氷河(”N” glacier)
  • ツォリムCS北の氷河
  • ツォリムCS北西の尾根裏側の氷河
  • ツォリム氷河湖アウトレットの西3.4kmの氷河(”SPY” glacier)
  • ジャゼ・ラ〜ツォチェナの東側の氷河
  • ロジュ・ラ北の氷河湖(測深したやつ)・氷河
  • ジチュダモ手前の小峠から対岸に見える氷河
  • ジチュダモ氷河
  • ガンリンチェンゼー峠北側の氷河
  • 同峠南西側の氷河
  • 同峠東側に連なる氷河
  • メタツォタ湖へ流入する氷河
  • なお,現時点で速報として以下のURLにて写真の比較を公開している.
    http://naito.ges.it-hiroshima.ac.jp/Bhutan/Phuntsho.html
    http://www2.jica.go.jp/hotangle/asia/bhutan/000717.html

    氷河湖の湖盆測量
    本年度はMangde Chhu流域内で6つ,Pho Chhuの流域内で1つの湖で深浅測量を行った.

    Zanam A湖
    Shasha Chhuの最上流の湖.下流側のZanam B湖とは幅300mのモレーンで接する.A湖側から見たモレーンと湖面の比高は厚いところでもで10m程度と低い(下写真).湖底地形は南半分の最深部が20m,平均で10m程度と浅い.一方,北半分はやや深く記録されたもっとも深い値は46.5mとなった.Zanam B湖とは南半分側で接するため上池側となるA湖の湖尻は全体に浅いことになる.薄いモレーンで接するThorThormi湖とRaphustren湖のような危険な状況とは考えられない.


    Zanam A湖(クリックすると拡大)

    Zanam B湖
    Zanam A湖の南東に位置する.南北で約2 kmの湖水域のうち南1/3は水深30m以下,1/4の幅の狭い範囲では10m以下と浅い.堤体となるモレーンは上下流方向で400mにわたってしわ状に複雑に重複している.湖尻近くのモレーンには氷体が露出することを湖側から確認できた(下写真) .


    Zanam B湖(クリックすると拡大)


    Zanam A湖とZanam B湖の関係(クリックすると拡大)

    Methatshota 湖
    昨年,測深器の故障で連続データが取れなかったことから,Methatshota 湖の再測を行った.湖は北東側ほど深く,測定範囲の最深部で99.7mの記録を得た.南西半分は25〜数mと浅い.
    更に,湖面より上方に隣接する二つの湖について深浅測量を行った.最深部で60mを超すが,Methatshota湖に近い湖は最深で13.4mと浅い.


    Methatshota 湖(クリックすると拡大)

    チェックシートにもとづく氷河湖決壊の危険度判定
    以下の表に示すように2009年,2010年の現地調査をもとに,湖の決壊に関する危険要素の評価を行った.本プロジェクトの終了時には岩田修二氏によるチェックリスト(岩田,2007)を踏まえて,他の要素も加え評価を進める.なお,この成果については2011年5月に行われる地球惑星科学連合大会(幕張)に現地踏査に基づくブータンヒマラヤの氷河湖の決壊危険度評価(Hazardous lake evaluation by the field survey in the Bhutan Himalaya)として,Ghalleyほかにより報告する.


    チェックシート(クリックすると拡大)

    Tshojo氷河2009年異常出水域の踏査
    2009年4月29日のTshojo氷河からの異常出水について,現地調査を行った.2010年9月時点でもそのイベントによる地形と堆積物は明瞭である(下写真左).調査の結果,異常出水は氷河湖上を流れた土石流として発生しており(下写真右),その大量の水は氷河内から表面に噴き出したことが明らかになった.

    この出水のもとを明らかにするために,Tshojo氷河の下流部の踏査を行った.その結果,いくつかの氷河上湖や湖の干上がった直径100m前後の凹地を発見した(下二つの写真).


    アウトレットから約3.8km上流の氷河上湖(クリックすると拡大)

    直径90 m.水面から湖岸の高さは30m.湖岸の平坦部には新鮮で薄い湖底堆積物が分布する.


    アウトレットから上流1km上流の凹地(クリックすると拡大)

    写真奥には氷河内を通る流路(直径3〜5m)が写る.

    現地調査終了後,本プロジェクト衛星班の山之口氏の解析により,これらの地形よりもさらに上流に直径300m程度の湖がイベント直後に消滅したことを確認した.Po Chhuの流量から推定した出水量(下図.50万立米)と比較すると,その湖が決壊したことが考えられる.


    Pho Chuの流量との比較(クリックすると拡大)

    以上から,このイベントの発生には次の展開が考えられる(下図).

  • アウトレットから上流5kmの氷河上湖の水が抜ける
  • 抜けた水は氷河の内部をとおり,氷河末端近くで氷河上に噴き上げる.
  • 数時間をかけて約50万立米が出水する.
  • プナカ,ワンディポダンでも水位上昇が記録される

  • Tshojo出水の概念図(クリックすると拡大)

    TshoJo氷河における物理探査・発生機構調査
    氷河湖モレーン内部の氷体・デブリ・出水部の比抵抗値を予測するため、それらが露出する断面を例として比抵抗2 次元探査を実施した。この結果、地表に露出していない出水部以深でも厚い氷体が分布していることが判明した。すなわち出水は氷体中の『水みち』から出ていることになる。
    また、上流調査においても氷河上の窪地内の氷壁に『水みち』が確認でき、2009 年4月に発生したGLOF ではこうした氷河内部の『水みち』が大きな影響を及ぼしたことが指摘された。

    Zanam氷河湖における物理探査
    マンデチュー流域において、地形的特性から最も危険性が高いと予察されたZanamC氷河湖にて、モレーン内部構造解析のため、比抵抗2 次元探査ならびに微動アレイ法による地震探査を実施した。詳細は現在解析中であるが、モレーン正面壁および側壁ともに、まとまった氷体は確認されていない(一部氷体の可能性のあるゾーンあり、解析中)。今後、微動アレイ法の結果に基づき、これらモレーン全てがデブリで構成されているのか、あるいは基盤岩が分布しているか等について検討を行う。

    Methatshota氷河湖における物理探査
    マンデチュー流域において、最も湖面積が大きく、またICIMODが危険性の高い氷河湖として掲げているMetatshota 氷河湖において、モレーン内部構造解析のため、比抵抗2 次元探査ならびに微動アレイ法による地震探査を実施した。
    日程が押していたため、十分な探査範囲をカバーできなかったが、少なくとも今回探査範囲では氷体は確認されていない。詳細は現在解析中である。

    現地カウンターパートへの技術移転について

    プンツォ氏
    主にプロセス班の調査に同行した.現地調査2年目,3回目ということでブータン側の中心的役割を担うことができたと考えられる.また,写真測量については,今後本人が継続的にデータの取得と解析を行うことを認識しており,現地で多くのデータを取得していた.調査後はDGMの一般スタッフは現地調査シーズンとなり,本プロジェクト専念(これはDGM側からの本プロジェクトに対する理解・協力の現れ)のために内勤が多くなっているプンツォ氏へ,周囲から業務や事務処理依頼が舞い込んでいる.その結果,現地データの処理はあまり進んでいない.今後,フォローアップを重ねてデータ処理が進むように促していく予定である.現地では氷河上調査のスキルアップが行われ,今後DGM独自で調査が行われる時には,今回の経験が生かされることが期待される.

    ギャレイ氏
    プンツォ氏と同じく2年目で研究も含めた形での現地調査には理解が増してきたと考えられる.その結果として,DGMに戻った後も写真の整理や報告書作成に主体的に取り組んでいるようである.また,2011年5月の地球惑星科学連合大会の発表にむけて,氷河湖の危険度評価など本プロジェクトとしても,DGMとしても最も重要な成果の獲得にむけて作業を重ねていくことが期待される.

    ペンジョール氏
    当初,物理探査のカウンターパートとして3人目のブータン側メンバーとしてはジャミアン氏が予定されていたが,出発前に急遽変更となった.そのため物理探査の業務経験は無かったが,厳しく,かつ殆ど休みが無かった現地作業にも耐え,同調査の経験を積んでくれた.今後,物理探査実施時には,ダウチュ氏やジャミアン氏とともにDGMの力となって動いてくれることが期待される.また,氷河域の調査が初めてであったため,他の二人以上に多くの事を吸収したと考えられる.

    印象などその他コメント

    その他の観測風景


    (クリックすると拡大)


    (クリックすると拡大)


    (クリックすると拡大)

    今回の調査は多数の短期専門家が入ったためもともと調査や技術移転内容が多様であり,なおかつ2009年のサイクロンアイラや今夏の大雨によるルートの損壊とそれによる停滞や行程変更と,全体のオペレーションが複雑となった.また,人数が多いことからケガ・病気等のリスクが高かったが,幸い大きな問題もなく,また必要な成果を得て終了することができた.無事に終えられたことの理由としては,メンバー各自の体調が良好であったこと以外に,在ティンプーのバックアップ体制,およびそこと現地メンバーの連絡体制がしっかりしていたことと,Phuntsho氏やPenjore氏といった若手も現地調査に慣れてきたことが考えられる.
    エージェントやガイドについては,衛星班(短期調査班)とは違って幸いにもトレッキング完了まで大きな問題はなかったが,それでもガイドの力量や知識,食事の面でたびたび不足感を感じることとなった.次年度の調査ではエージェント,ガイドともに改めて選定時にさらなる検討が必要と考えられる.
    今回,ブータン人の医療補助員を試行的に同行させたが,同行させるまでの手続きの手間や費用に対して,現地で得られたメリットはかなり小さく,次年度以降は同行は必要ないと考えられる.なお,補助員がいない分で足りなくなる健康対策については,各自が調査実施前から健康管理を十分に行うこと,携行する医薬品等について医師の指導を受けながら改めてリストアップすること,等で対応できると考えられる.


    Report meeting of Glacier/Glacial lake survey in Mangde Chhu
    13 October 2010
    DGM, Thimphu, Bhutan

    Mr. K.S. Gallay (DGM) Opening remarks
    Prof. Kouichi Nishimura (NU) Outline of the survey
    Mr. Kengo Ohashi (ESS), Mr. Tadashi Sato (ESS) & Mr. Tshering Penjore (DGM) Geophysical exploration
    Dr. Jiro Komori (NU/JICA/DGM) & Mr. Phuntsho Tshering (DGM) Bathymetric survey
    Mr. Toru Koike (ESS) & Dr. Jiro Komori (NU/JICA/DGM) GLOF in Tshojo glacier
    Mr. K.S. Gallay (DGM) Comparison of condition of Methatshota lake 2008 and 2010
    Dr. Satoru Yamaguchi (NEIS) & Mr. Phuntsho Tshering (DGM) Measurement on glaciers
    Dr. Nozomu Naito (Hiroshima Inst. Tech.) Variations of debris free (small) glaciers
    Dr. Takanobu Sawagaki (Hokkaido Univ.) Some features of glacial and periglacial environments along the snowman trek
    Mr. Toru Koike, Shuhei Takenaka, Hideki Demura & Kengo Ohashi (ESS) Pre-explanation of long term training
    Closing remarks